自分と向き合う時間

スティーヴ・ジョブズ氏が亡くなりましたね。
CEOを退いた時に、いよいよなのか?と思っていたけれど、やはり逝ってしまいました。

色々な場面で人間関係のトラブルが絶えなかったとも聞くけれど、やはりこの人は間違いなく、20世紀から21世紀にかけての偉人の一人として世界に名を残すのだと思います。

訃報を伝えるニュースなどで紹介されているスタンフォード大学卒業式での有名なスピーチは、過去、you tubeで何度か観ました。

そのスピーチの中で、彼は自分の生い立ちから半生を振り返りながら、学生へのはなむけの言葉を色々と述べるのですが、もし、今日が自分の最期の日だと仮定したら、今日やることは、自分が本当にやりたいことか?と問いかけてみても、「否」と答えてしまう日が数日続いているのなら、何かを変えなきゃいけない、というようなくだりがあったと思います。

その問いを自分に向けてみたら、今の私はYESと答えられると思う。
まだ満足な状態には程遠いし、能力ギリギリ精いっぱいの努力をしているともとても言えないけれど、今は十分幸せで充実した時間を過ごせていることに感謝します。
ちょっとした悩みも多いけれど、自分の能力を常に少し超えたところにタスクがあるのだから、悩みはあって当然なのだと思う。
何でもすいすい悩まずに自動的にできてしまうなら、それは惰性的でしかない気がする。もちろん、そういう日常こそが幸せだという考え方もあるだろうし、私自身、そういう風に考えが変わる日もあるかもしれないけれど。

NHKのニュースによると、彼は、日本の禅宗(曹洞宗)に通じていたとか。
座禅の時間が、ひらめきの時間になっていたのでは?と紹介されてました。

多機能のスマートフォンが発売されて、日本でも急速に広まっています。私もiPhoneユーザーのひとり。
でもその小さい画面に一日中、朝起きてから移動中でさえも、完全に依存してしまう人が増えているそうで。1台でゲーム、ツィッター、インターネット、メール。何でもできちゃいますからね…。

歩きながらスマホ、電車の数分の待ち時間もスマホ、という人が増えて、小さい画面に熱中するあまり、周りへの注意がそがれて、ぶつかったり、ホームへの落下事故が増えている、と注意喚起の報道をしている番組を見ました。

iPhoneを作り出したジョブズ氏の発想の源が、本当に座禅だったら、それは皮肉な真実。
パソコンからも、携帯からも解放された、自分に向き合う時間が、稀代の創造性を支えていたのだから。

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by columbus59 | 2011-10-06 22:17 | ひとりごと | Comments(0)
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